地下鉄サリン事件


被告人たち

 三人の被告人は既に入廷していた.

 豊田亨は伏し目がちだった.廣瀬健一は背筋を伸ばして真っ すぐ前を見つめていた.頻繁にまばたきをしていたのが,緊張感みなぎる無表 情さに似付かわしくない.二人とも紺色の背広姿で,髪の毛は丸めていた.か つてのように教団で彼らを見かけたなら,短い髪 の毛もそれほど違和感なく感じたことだろう.出家修行者を象徴 する風貌として.だが,今の彼らにとっては,端的に犯罪者であることを示すものでしかない.二人 は裁判官から見て右手側に座った.裁判官から見て正面に座った杉本繁郎 は後ろ姿しか見えなかった.私にとって,これは具合がよかった.なぜな ら,それなりにその人なりを知っている二人が顔の見える場所にいたのだから. それにこの二人を見るためにやってきたのだから.

初めての公判傍聴

 二月八日午後二時,東京地裁刑事部四二八号法廷で,三被告人の公判が開か れた.そして,私にとって初めての裁判傍聴 であった.

 傍聴の際,筆記用具などは法廷内に持ち込めるが,その他の物は預けなくて はならない.傍聴券引換券と傍聴券を引き替える時,荷物の中身をチェックさ れる.法廷に入る直前には,今度は身体検査 を受けなくてはならない.かなりの厳重さに,初めての私は少々 面食らってしまった.ここまででも,相当に緊張感が高まってしまったようだ.


当時の裁判所は厳戒な警備体制で,ボディーチェックでは全身をベタベタと 触られた.正直に言って,不快なものだった. 現在は,麻原彰晃こと松本智津夫の公判を除いて,行なわれていないと思う.

 ようやく,四二八号法廷に入ることができた.傍聴席に座るまで,被告人が 既に在廷していることに気づいていなかった.私から見て正面には,当たり前 のことだが,三人の裁判官が黒い服を着て高いところに座っている.私の右手 側に検察官が,左手側に弁護人と豊田亨,廣瀬健一が座っていた.豊田亨が裁 判官席に近い方にいたから,廣瀬健一の顔の方がよく見えた.ほぼ四五分間, 私は法廷で公判を傍聴した.

 まさに,傍聴という文字の通りだった.私たち傍聴人が何を感じるのか完全 におかまいなしで法廷は進められる.裁判官も弁護人も検察官も,比較的 声が小さくぼそぼそと話をする.法廷 記者やマスコミ関係者は,何を書いているのか分からないが,速記でメモを取 り続けている.今回の法廷は検察側からの証拠提出だけであったから,被告人 には声を発する機会はなかった.検察官が早口で提出証拠の説明をする.どう やら証拠は一万二千点に及ぶらしい.とにかく, 早口で延々と淡々とその簡単な説明をする.まず,被害状況の証 拠から始まった.サリン被害にあった人が痙攣している様子を目撃した人の供 述だとか,被害者が救急車に乗せられて病院に運ばれていく途中の様子の調書 だとか,そういう感じで簡単な紹介を,とにかく 小声で早口で検察官は続ける.そうでもしないといけないほど, 数が多いのだ.

 ときどき具体的になる.父親を亡くした娘の供述調書.非常に仲のよい親子 で,職場に向かう途中まで毎日一緒に通勤していたが,その日もいつものよう に一緒の電車に乗って途中で別れた.それが生きている父親を見た最後になっ た.昼過ぎに会社に「父親が毒ガス中毒で倒れた」との連絡があり,病院に向 かった.医者に危険な状態だと言われた.そして,帰らぬ人になった.遺体を 見ていても眠っているようにしか見えない.突然のこの事件はショックだ.犯 人が憎くてたまらない.こんな内容だったと記憶している.

 これらの話を聞いている最中,私の意識はボーッとしてしまった.ある種の 得も言われぬ精神的抑圧が襲ってきた.なぜそうなったのか,言葉で言い表わ せるような理由や理屈を思いつく以前に,体や心の方が何かを感じたようだ. 私の常識的・観念的フィルターを通さずに,一気 に情報や想念が私の内側に侵入してきたようだ.だから,その衝 撃を緩和することもできず,私の体と心は直撃弾を食らったらしい.オウムと 関わるようになって以降,このような精神状態に陥る時が何度かある.本当に 言葉で説明しづらいのだが,自分の精神的危機,アイデンティティ・クライシ スが訪れそうになる時の警鐘なのかもしれない.この状態は公判終了まで続い た.正確には,公判終了後も続いていた.

 検察官の方では,この地下鉄サリン事件の被害状況に続き,教団が犯行に向 かう様子についての話に移った.オウムが薬品会社を通じて大量の薬品を購入 していたこと,昨年始めに上九でサリン残留物が発見された記事が新聞に掲載 されたことを受けてサリンの処分をした様子についての森脇佳子の供述,教団 に強制捜査が行なわれようとする直前にその対策説明会が教団で行なわれたこ と,そしてサリンの入った袋に穴を空ける傘をコンビニで買ったこと,その時, 新聞やハサミやカッターを同時に購入していたこと,など.最後に,一一九〇〇 番台の証拠に,それぞれの被告人の小・中・高・大に照会して得られた情報, 被告人の親の証言などがあることが分かった.

 証拠提出が終わると,次回の公判期日と法廷の場所を裁判官が告げることに より,四五分間の公判は終了した.私たち傍聴人は退廷する.その時,被告人が手錠をかけられているところを見る ことができた.

傍聴のショック

 家に帰って独りになった.その日のことを振り返ることにしよう.何がそれ ほどショックだったのだろうか.一つには,私と彼らとの間には見えない壁があるのを如実に知らしめられた ことが挙げられるかもしれない.あの瞬間,狭い部屋で私は彼らと同じ空気を 吸っていた.空間的には数メートルしか離れていない.だが,その間には,長 年の人間の知恵によって積み上げられてきた越えがたい意味の壁が立ちはだかっ ている.私も従わざるを得ない.その重みがあるからなのだろう.法廷で豊田亨や廣瀬健一の姿を見ていたこと自体に既に ショックがある.後日,被告人席に座っていた豊田亨や廣瀬健一 の姿を思い出している時にも,ある種の感覚が湧いてくる.彼らの姿からは, 法廷の重みを媒介しつつ,ある雰囲気がにじみだしている.それが私に伝わっ てくる気がする.だから,私はどうしても彼らの精神状況を推測してみたくなっ た.

 私にとって最も遠い位置にあるのが地下鉄サリン事件であることに間違いな い.頭ではオウムが強制捜査を攪乱するために犯した犯行だということは理解 している.それが許されない行為であることも当然のことだ.だが,どうして 犯人が彼らなのかがしっくりこない.その意味で,いくら報道を通じて事実を 知っても実感が湧いてこなかった.

 ところが,この傍聴によって,それまでの私の不謹慎な態度が吹き飛ばされ たかのように,事の深刻さがようやく分かり始めたようだ.事件の様子につい て大量の資料を検察官が握っていることを改めて知らされた.そして,事件は 間違いなく彼らが引き起こした.

 オウムはサリンを生成し,実行犯に袋詰めのサリンを渡して東京に向かわせ た.一方,何も知らない市民はいつものように職場に向かう. 何も起こらないだろうということさえ思い浮かばない日 常が繰り返されるはずだった.いや,とにかく前日と前々日とい つもと同じように,その日もただ朝起きて通勤列車に乗った.この両者が地下 鉄に乗り合わせることは誰にも予測ができなかった.お互いが相手のことを何 一つ知りやしない.あの時に彼らを結びつけたものはただ一つしかない.実行 犯がサリンをまいて被害者に死をもたらしたこと,苦痛を与えたこと.

 廣瀬健一や豊田亨は自分たちがしたことを真正面から受けとめる意思がある はずだ.だから,この多くの被害者の苦痛を背負い込んでいるに違いない.自 分たちが命を奪った人に関しては,その人の人生全てが堪え難い重荷になって いるに違いない.その人には家族があり,職業があり,過去には人格形成の諸々 の経験があって,未来には人生の展開が続くはずだった.その全てが,被告人 の思考範囲に飛び込んでくる.

 彼らの犯行が,ここまで悲惨な結果をもたらし,その悲惨さは自己の精神に 表現しがたいほどの衝撃を与えることになるのだと,被告人は全く犯行当時は 予想しなかったに違いない.それもそのはずだ. 教団に,麻原に,人生の大半を委ねていたのだから.特に,宗教 的内的体験がなかったと言われる豊田亨は,何をきっかけにしたのか私は知ら ないが,いつからか麻原を,教団を盲信するようになった.彼にとってポワと は単なる言葉にしか過ぎなかったはずだ.これか ら自分のする行為が単なる犯罪なのか,崇高な宗教的意義を持つポワなのか ,彼が自分で判断する術は何一つなかった.他の実行犯がポワと 称された殺人を受け入れているから,麻原の指示が判断がこれをポワだと位置 付けているから,これはポワなんだ.そう思うしかない.だから,犯行直後, 彼は自分のした行為の意味を十分に知ることはできなかった.しかし,逮捕さ れてから,被害者の様子を知らされてから,ようやく彼は自分の背中にいつの 間に背負いこんだ重荷に気づくのだ.というよりも,その重荷を背負っていか なければならないことを自覚する,と表現した方がいいのかもしれない.この 様子は,初公判で豊田亨が述べた意見陳述に表されているが,いかに そこに彼の心の重みが込められているのか,手に入れた当初読んだ時には実感 していなかった.

 一方,宗教的体験を得ていた人はどうだったのかは,私にはうまく想像 しかねる.そもそも廣瀬健一が内的に何かを体験していたのか分からない.そ れに,私自体がいわゆる神秘体験を得ていないから.

 オウムの教義に染まっていく中で,私は「縁」の意味合いをつかみかね ていた.分かっていなかった.ただエゴイスティックに,自分と真理の教えと の縁,自分と「尊師」との縁があるのではないか,そう思っているだけであっ た.ほとんど言葉遊びをしていたと言っても間違いないのかもしれない.世間 が人気のミュージシャンやタレントのことを会話のねたにするロジックと全く 同様に,オウムでは縁なり「前世は何だったのだろうか」という話をしていた, という風に私は当時を振り返っている.また,大乗や真言秘密金剛乗だとか口 にしても,基本的には自分だけが救われればいいという気持ちがどこかにあっ た.そこまでは言い過ぎかもしれないけれど,とりあえず自分が先に救済され, その後に他の人たちを救済しようなどと思っていた.つまり,輪廻という時間 軸の絡みを重視しすぎて,その輪廻の大海を一緒に浮沈している他の魂と自分 との絡みを見失っていたのだ.そして,その一つ一つの魂はものすごく重い. 自分が軽々しく扱われたくないと思うなら,他者を雑に扱うことはできないは ずだ.だが,そんな単純なことを精神性の視野から見失ってしまうほど,オウ ムでの精神的体験には飛躍があり過ぎた.超高速飛行を指向し過ぎた.オウム では多くの取りこぼしがある.それらを教団は無価値とみなしたが,実はこの 世の中で何一つ無価値なものはない.

 豊田亨や廣瀬健一に訪れた(そうではない.彼らが自ら招いた)現実は, 文字通り現実であり,逃れようもない.「教義」では,出家が最高の生き方だ と説かれている.しかし,そうではない.「出家」という言葉の意味が,出家 教団に属するという同義反復的意味でいうなら,それは少なくとも私にとって 明らかに間違いだ.極言すれば,これがいいとか,あれは悪いとか,そういう 切り取り方をしていること自体が,すでに人生から目を背ける始めの一歩になっ ているのだ.

 先にも述べたように,豊田亨と廣瀬健一らは現実に彼らに問われている ことを真正面から受けとめようとしている雰囲気が伝わってくる.ほんの少し さえも受け流そうとせず,真正面から受けとめてしまうから,彼らは余計に苦 悩しなくてはならない.その苦悩が私の精神に直接飛び込んできた.検察官が あれだけ淡々とした口調だったから,余計に私は思い込みの世界にはまってし まった.そして,これが私の精神的ショックになってしまう.彼らが何を思っ ているのか,どのように受けとめるのか,いつの間にかそんなことを考えてし まう.

 被告人は逮捕されてからずっと,自分の犯した犯罪について思い出さざるを えない環境下にある.その思い出し方は,単純に自分が犯行前後も含めて何を したのか,という外形的事実に始まり,(これも先に述べたように)他者から 情報を与えてもらうことによって,あの犯行によって苦しめた相手の状況,そ れからその相手の人生自体に話は広がっていく.最後には,被告人自身の人生 そのものが思考の対象になる.自分は人生をどこ で間違えたのだろうか.どうして自分はこのような人間になってしまったのだ ろうか.自分は何をして生きてきたのだろうか.

 裁判は傍聴している人と無関係に進行するが,被告人にとってもそれは 似たようなものだ.それは,裁かれる側だからしようがないのかもしれない. だが,被告人とは何者なのか,裁判の中である被告人の人物像が作り上げられ ていく.その人物像は本人の目からしたら見当違いの箇所が多々あるのだろう. これが微罪であれば,わずかな時間を我慢しさえすれば,その場から,その恣 意的かもしれない評価から解放される.

 しかし,豊田亨や廣瀬健一は殺人犯である.それも,極刑を免れる可能 性がほとんどないのではないか,そういう立場にいるのである.いくら資料を 大量に集めようとも,検察官や裁判官や弁護人が主体となって作り上げていく 被告人像は,被告人自身にとってはやはり必ずしも受け入れられるものではな いだろう.だが,あの重大な犯罪を犯しているのであるから,この環境からほ ぼ永久に彼らは逃れられない.自分のことはそんな他人よりも自分の方がよく 知っているはずだ.自分の人物像について語られている最中,相当歯痒い思い に駆られるに違いない.しかし一方で,彼らは矛盾した思いを持っているだろ う.つまり,彼ら自体,自分が何者であるのか見えない状況にあるという思い. なぜ,こんな悲惨な事態が起きてしまったのか,自分の人生そのものを問いの 視野に含めながら答えを見つけだそうと考えているうちに,次第に自分の生き 方は何だったのか分からなくなっていく.すっきりする説明は,自分は何も主 体的に考えて生きてこなかったから,こんな人生の局面を迎えてしまったのだ. これくらいかもしれない.だが,そんなことでいいのだろうか.地下鉄にサリ ンをまいた自分の罪深き行為が,こんなに軽々しく評価されていいわけがない. 薄れゆく過去の記憶を掘り返して,自分自身を見つめ直さなくては.

 まさに,自分との精神的格闘が被告人という立場になって深刻に繰り広 げられる.これが「出家」とどれだけ差があるのだろうか.ここで得られた省 察が「教義」と比べて陳腐なものなのだろうか.しかし,とにかく,これは思 考の泥沼だ.何が正しいのか,何が大事なのか,何をすべきなのか,全く見え ない思考の迷い道.アリジゴクのすり鉢か.

 被告人の生活がどんなものかよく知らないが,世間に生きる我々がカラ フルな色彩に取り囲まれているとするなら,彼らは数色しかない世界なのだろ う.極めて不自然な生活だ.そして自業自得と言えば全くその通り.あの犯罪 のことに始まる思考の泥沼に嫌でも入っていなければならない.豊田亨の意見 陳述の中でも述べられているように, 「罪の意識というもの」「日々重たくなる」のであり, 「犯罪の重さは,日に日に自分にのしかかって」 いくのである.これは,以上で私が述べてきたことを踏まえれば当然の話だ. なぜなら,地下鉄で彼がした行為に対して,彼は日に日にいろいろな意味を付 与せざるをえないから.その意味の数と深みは増していくばかりだろうから.

被告人としての表情

 三人の被告人はほとんど体を動かすことはなかった.豊田亨は床に目をやっ ているようであったが,右目の目蓋には傷が見えた.かつて教団で交通事故に 巻き込まれた時についた傷だ.助手席に座っていた時に事故に巻き込まれたの だが,この怪我に彼は一切の不平不満を持たなかったという噂を聞いた.その 意味で,この傷は彼の菩薩としての象徴だったのだが.顔つきは,それほど教 団にいた時と差があるわけではない.もちろん,犯罪の重みを味わっている重 苦しさは別であるが.

 廣瀬健一はそれが顔つきに現われているようだ.少々,顔が浮腫んでいるよ うにも見える.眼鏡の奥で頻繁にまばたきしているのが,何だか違和感を伴っ て見える.なぜだろう.舌足らずで適切な表現を思いつけない.きょとんとし ていると言ったら,間違っていると指摘されそうだ(だが,私はそう言いたい). 自分の置かれた現実が心の許容範囲を完全に越えてしまっているが故に,頭が 白紙に近い状況になってしまったのだろうか.そんな時には,あのような表情 をするのだろうか.何とか自分自身を受けとめようとする時,ああいう顔つき になるかもしれない.犯行を自覚すれば,このような態度が被告人としては相 応しいとか,法廷ではこうする方がいいとか,そういう打算が働かなくなる. そんな感じがしているが,それこそ,現実に直面している人間の姿かもしれな い.

 教団では下っぱのサマナを指示する立場にあった二人であったが,もはやそ んなことは関係しない.だからこそ,彼らが惨めに見えてくるのだ.この場に 座るために,彼らは一生懸命ワークと修行に励んでいたのだろうか.ステージ の高さが保証したのは,被告人という地位を得ることだったのだろうか.また, それぞれが両脇を看守に挟まれて座っている.この人たちとのコントラストも, 私にここまでの想像力を駆使させるのに一役買ったはずだ.

 私にできることは,以上のことに思いをめぐらせることと,公判が開かれた 時に傍聴に足を運ぶことくらいである.だが,正直に言ってこれは,精神的に ものすごくつらいことだ.私自体が彼らの精神状態を,ほんのわずかだろうが, 勝手に背負ってしまうからだ.ここまで勝手に彼らの思考を想像してしまうか らだ(そう,以上の記述は,傍聴を通じて得た私の恣意的な想像の産物なのだ. だから,私が彼らを通じて私自身を見てしまうともいえる).そうしたところ で,別に彼らの負担は減ることはないだろう.そして,オウムの側面で私に最 も遠いところに位置していたサリン事件が私の人生にようやく組み込まれるこ とになった.あの事件の深刻さが衝撃的なショックを伴って私の精神に襲いか かってきた.あの事件について知らないと口にすることがどれだけおぞましい ことなのか,あの井上嘉浩が脱会届とともに発表したメッセージのわずかでも 理解するきっかけを得たような気もする.

 オウムが何だったのか知りたい元サマナは,いつか傍聴に行く気になったら 行ってみるべきだ.自分が何者なのか知りたい元サマナは,自分の暗黒面に触 れる機会を探すために行ってみるべきだ.私はしばらく傍聴を続けてみようか と考えている.