『くつやのマルチン』


 昔、ある国にマルチンという働きもののくつやさんがいました。マルチンは、家族みんなで楽しく暮らしていましたが、ある日奥さんが病気で死んでしまい、とても悲しく思っていました。

いまは十才になるピーターと二人きりで住んでいました。ピーターはマルチンのお手伝いをよくするしっかりした子だったので、マルチンはピーターをとてもかわいがっていました。

ところが、ある日ピーターが病気になってしまい、高い熱が何日も続きました。マルチンは、神様に一生懸命お祈りをしました。

「神様、私の家族はもうピーターしかいません。お願いですから病気を治して下さい」

でも、とうとうピーターも死んでしまいました。

マルチンはとても悲しみました。マルチンはひとりぼっちになってしまったのです。

「たった一人私のそばにいてくれたピーターまで死なせてしまうなんて、神様はどうして私にばかりこんな悲しい思いをさせるのだろう」

と、マルチンはだんだん仕事をするのもいやになり、毎日お酒ばかり飲んでいました。

 ある日、そんなマルチンを心配して友だちが訪ねてきました。そしてマルチンに、

「仕事もしないでお酒ばかり飲んでいて、天国にいるピーターが喜ぶと思うか。聖書を読んでごらんよ。神様のお考えや、君のしなければいけない事がきっとかいてあるから」

といいました。マルチンは言われたとおり聖書を読んでみました。ひとつひとつの言葉を大切に読んでいきました。そのうちいつのまにか疲れて眠ってしまいました。

「マルチン!マルチン!」

誰かが呼ぶ声に目を覚ましました。

「私はあしたおまえの家に遊びに行くよ」

姿は見えませんでしたが、たしかに神様の声です。マルチンは夢をみているのか、本当なのかわかりませんでした。

つぎの日、朝早く目を覚まし一生懸命お部屋を掃除し、いつ神様がいらっしゃるのだろうと楽しみに待っていました。

ふと窓から外を見ると、道の雪をとるお仕事をしている人がとても疲れたようすでしゃがみ込んでいました。かわいそうに思ったマルチンは、その男の人を部屋の中にいれてあげて暖かいお茶を飲ませてあげました。男の人はとても喜んで帰っていきました。

「神様はまだいらっしゃらないのかな・・・・」

そう思いながらまた外を見てみると、今度は赤ちゃんを抱いた女の人が寒さに震えながら立っていました。

マルチンはとてもかわいそうになり、二人を部屋に入れてあげました。そして、赤ちゃんには温かいミルクを飲ませてあげました。

女の人はとても喜んでマルチンに何度もお礼を言って帰っていきました。

もうお昼もすぎました。神様はまだいらっしゃいません。すると、

「こら、まちなさい」

女の人の大きな声が外から聞こえてきました。マルチンは驚いて窓の外を見ると、ひとりの男の子がおばさんからひどく叱られていました。

男の子はお店から黙ってリンゴを盗んでしまったのです。それを見たマルチンは急いで外に出ると、男の子に言いました。

「ぼうや、私がかわりにリンゴのお金を払ってあげよう。でもこれからは人の物を盗んではいけないよ」

男の子はマルチンに、

「どうもありがとう。これからはもうしないよ」

「おばさん、ごめんなさい」

とお礼とお詫びを言って帰っていきました。

 外がだんだん暗くなってきました。マルチンは今日一日のことを考えてみました。

そして、その夜お祈りをしました。

「神様、今日は三人の人のために私は出来る限りの事をしてあげたら、みんなとても喜んでくれて、私も嬉しくなりました。でも神様、今日はどうしておいでにならなかったのですか。私はとても楽しみにしていましたのに・・・」

するとその時、

「マルチン!マルチン!」

と声が聞こえてきました。たしかに神様のお声です。

「マルチン、私は今日あなたに会いましたよ。あなたは雪かきをしていた男の人を部屋にいれてあげたり、寒さに震えている女の人と赤ちゃんにミルクを飲ませてあげたり、リンゴを盗んだ男の子のかわりにお金を払ってあげましたね。それは、実はみんな私だったのですよ」

「えっ!では神様は私のところへ来て下さったのですか」

マルチンはとても驚きました。自分が世界で一番かわいそうな人だと思っていたけれど、もっとかわいそうな人がいることを知りました。

そして、自分のような者でも、人に優しくしてあげられることがわかり、何だか心の中がとても温かくなってきました。

マルチンは、神様はいつも私の事を見ていてくださるのだということがよくわかり、とても嬉しい気持ちになりました。



おしまい