『ノアの箱舟』


「あーあ、困ったことになった」

 神さまは、がっかりして、ため息をつきました。

「わたしは、みんなで仲よく、たのしく暮らすために人間や動物をつくったのに、困ったことになった。人間たちは、わたしのいうことをきかないで、悪いことばっかりやっている。あそこでもここでも戦争をやり出すし、人のものを盗んだり、けんかをしたり、いじわるでいばりちらしている。こんなことなら、人間なんかつくるんじゃなかった」

 けれどノアのおじいさんだけは、神さまのおっしゃることをよく守り、悪いことは 少しもしませんでした。

「ノアのおじいさん、みんながこんなに悪いことばかりしてるんじゃ、どうにもしようがない。大雨を降らせて、大洪水を起こして、人間をみんななくしてしまうことにするよ。だから、おまえは、急いで大きな舟をつくりなさい」

「はい。おっしゃるとうりにいたします」

「さあ、さあむすこたち、これから大きな舟をつくるんだ。神さまは大雨を降らせて、人間たちをなくしてしまおうとしていらっしゃるんだ。さあ、手伝っておくれ」

 かっちん、かっちん、とん、とん、とん。ノアのおじいさんはいっしょうけんめい舟をつくり出しましたが、村の人たちは笑 いました。

「ノアのじいさんもばかだなあ、ほばしらもないし、三階だての箱のような舟をつくるなんて。それに、こんな天気がいいのに、大雨が降って、大洪水が起こるんだってさ、あはははっ」

 さあ、その箱舟ができ上がりました。

「よし、よし、ではおまえの家族たちを舟に乗せなさい。それから鳥やけものも、おすとめすと二匹ずつ乗せなさい」

 ノアのおじいさんは、神さまのおっしゃるとおり、家族たちを船に乗せ、いろんな 鳥やけものを集めて、箱舟に入れました。象とライオンはのそのそ、おさるはきいきい、うさぎはぴょん、あひるはよちよち、かめはのこのこ、ねずみはちゅう……。

「さあ、これでよしと。さて舟の戸をしっかりしめよう」

 ノアのおじいさんが、がたりと戸をしめるとどうでしょう。急に空がまっくらになりました。そして、ざあーっ、ざあーっものすごい大雨が降ってきました。

 みるみる川はどんどんあふれ出し、家の中にも町の中にもざあざあ水が流れこんできます。

「うわぁ、たいへんだ、大洪水だ!助けてくれ!」

 村の人たちはあわてて山のほうに逃げて行きます。ざあ、ざあ、雨はますますひどくなりました。水はごうごう音をたてて、家も林も おし流して、森も山もみんなのみこんでしまいました。

 けれど、ノアのおじいさんの箱舟だけは安全でした。ゆうらり、ゆらり、水の上に浮かんでいます。何も見えない、水ばっかり、箱舟だけが浮かんでいます。ノアのおじいさんは、おそろしさにふるえながら、神さまにお祈りしました。

「神さま、ありがとうございます。わたしたちは助かりました。どうか、これからもお守りください。でも悪い人間たちもおゆるしくださいますように」

 けれど雨はやみません。長い、長い間、ざあざあ降りつづけました。その間、舟の中はたいへんなさわぎです。三階の上から下まで、動物がいっぱい、 そのやかましいこと、やかましいこと。もうもう、ぶうぶう、わんわん、きゃんきゃん、がりがり、ごりごり…………。舟をひっかいたり、かじったりするものもいます。

 「うおー、うおー」

 たいくつしたライオンは、むすこのおよめさんたちにほえついて驚かせます。


 やっと雨がやみました。

 そして舟は、どしーんと、何かにぶつかりました。それは、アララテという高い山のてっぺんに舟がぶつかったのです。

「おや、雨がやんで、水がひいたのかな。外に出られるかどうか、からすを飛ばしてみよう」

 ノアのおじいさんは窓から、からすを飛ばしましたが、帰ってきませんでした。そのあと、はとを飛ばしましたら、すぐ帰ってきました。まだ水ばかりで、羽を休めるところがなかったのでしょう。それから七日経って、ノアのおじいさんはもう一度はとをはなしてみました。

 すると、夕方になって、そのはとは緑の葉をくわえて帰ってきた。

「おお、よく帰ってきたな。ほほう、オリーブの葉だ。オリーブの木が見つかったのか」

 ノアのおじいさんは、水がなくなってきたのを喜んで、またはとを飛ばしました。はとはそれっきりもどってきませんでした。

「ははあ、きっと、どこか森を見つけて、喜んで飛びまわっているんだろう。なあ、むすこたち、もうだいじょうぶらしいぞ。水がひいたらしい」

 そのとき、神さまはおっしゃいました。

「さあ、ノアのおじいさん、動物たちを箱舟から外に出しておやりなさい」

 ノアのおじいさんもむすこたちも、動物たちも大喜びです。きいきい、きゃっきゃっ、うおー、ひひひん、があがあ……。どすんどすん、ぴょ んぴょん、ちょこちょこ、みんなとび出していきます。

 箱舟から外へ出ると、ノアのおじいさんは神さまにお供えするものをして、お礼を申し上げました。

「神さま、お守りくださいましてありがとうございます」

 空にはきれいな七色の虹がさあっとかかっていました。

「この虹は、わたしが悪いことをしないおまえたちをかわいがっているしるしだよ。もうこれからはこんなおそろしいことをしないからね」

 ノアのおじいさんと家族たちは美しい虹をながめて、神さまのお守りのうちに、これからたのしく暮らすことができるのを喜びました。


おしまい