『ザアカイさん』
ザアカイはチビでした。いつもみんなからいじめられていました。
「やあーい、チビのザアカイ」
だからザアカイはいつも背が高くなりたいと思って、木にぶらさがったり、体操をしたり、牛乳をたくさん飲んだり、一生懸命にやってみましたがだめでした。いつもみんなからばかにされていました。
ザアカイは大人になったら、いつもいじめていた人たちをやっつけてやろうと思って、一生懸命に勉強をし、お金をため、それから役人になって税金をとる人たちの中でいちばん偉い人になりましたが、ますますみんなに嫌われるようになってしまいました。
ザアカイはいつも一人ぼっちでさびしくしていました。
どこに行っても木が生えてなくて、岩や石ころばかりのヨルダンの地方で、ザアカイの住んでいたエリコの町だけは、オレンジや無花果や、ぶどうやなつめやしの木がたくさん生えた、美しい緑色のあふれた所でした。
こんなきれいなよい所に住んでいても、ザアカイはいつもさびしくて、つまらない毎日でした。だってお友達が一人もいなかったのです。
それどころかザアカイが町を歩くと人々はザアカイの悪口をこそこそと言ったり、ザアカイを見ただけで顔をそむけて行ってしまうほどでした。
そんなある日のことでした。前からうわさに聞いていたあのイエスさまが、このエリコの町に来られると聞きました。
ザアカイはこのイエスさまがどんな人か見たいと思って、表の道に出てきました。通りには人がいっぱいあふれていました。
みんなイエスさまのお話を聴きたいと思ったり、病気を治して欲しいと考えたり、困っていることをイエスさまに相談したいと思っていたのです。
もちろんイエスさまのお顔を見たいと思っていただけの人たちもいたでしょうが、イエスさまに抱いてもらいたいと考えていた子どもたちもいたはずです。
ザアカイもイエスさまがどんな人か、ちょっと見たかっただけなのですが、あんまり人々がたくさんいるので、まるで壁のようで背の低いザアカイには前がなんにも見えませんでした。
押しわけて前に出ようとしても、それがザアカイだとわかると、人々は意地悪をして、前のほうに通してくれませんでした。
そのとき、ザアカイはあの四辻の近くにあるいちじくの大きな木のことを思い出しました。大急ぎで走って行ったザアカイは、よいこらしょっと、この木に登りました。
そして枝に腰をかけると、向こうのほうからイエスさまがやってこられるのが見えました。
「あっ、先頭を歩いている白い着物を着た人がイエスさまかな。やさしそうな顔をしていらっしゃるな。その横のいかつい肩をした人はだれだろうな、お弟子さんかな」
そんな事をつぶやきながら、いちじくぐの木の上から見物をしているザアカイのちょうど真下までやってこられたイエスさまは、立ち止って上を向き、声をかけられました。
「ザアカイよ、下りていらっしゃい。今晩、わたしたちはあなたの家に泊めてもらうことにしているからね」
ザアカイはびっくりしてしまいました。だってイエスさまにはじめて会ったのに、イエスさまは自分の名前を知っておられたのですもの。
それに、お友達が一人もいなくって、だれも遊びにきてくれたこともないザアカイの家に、イエスさまが来て下さるというのですもの。それに泊ってくださるんですって。
ザアカイはすべり落ちるように、いちじくの木からおりてくると、先頭に立ってうれしそうにイエスさまたちを案内しました。
背の低いザアカイが腰をかがめていましたから、もっと小さく見えましたが、その顔はにこにこと輝いていました。
町の人はみんなあっけにとられてしまいました。
「イエスさまって、あのザアカイが悪いやつで、みんなにきらわれていることがわからないんだろうか」
「不思議だなぁ」
「おかしいなぁ」
町の人たちには、イエスさまのお心がわからなかったのです。
ザアカイはイエスさまたちが家に着かれると、たらいに水をくんできてみんなの足を洗ったり、家の人たちに言ってごちそうをいっぱい作って出したり、一生懸命おもてなしをしました。
だってザアカイには、こんな嬉しい日は今までになかったのですもの。
お食事が終わったときでした。ザアカイはまじめな顔をして言いました。
「イエスさま、わたしがみんなに嫌われていたことがよくわかりました。わたしは自分の事ばかり考えていました。でもイエスさま、私が一生懸命ためたあのたくさんのお金の半分は困っている人たちにみんな分けてあげます。もし、ほかの人からだましてお金をとっていたら、それを倍にして、いいえ、四倍にして返すことにします。もう悪いことは決していたしません」
「イエスさま、これからはチビと言われても、怒ったり、どなったりしません」
イエスさまはとってもうれしそうな顔をしてザアカイに言われました。
「ザアカイ、よかったね。あなたは今日救われたのですよ。わたしは仲間外れにされて、迷っている人たちを救うために来たのですよ。これからはみんなとお友達になって、みんなを助けてあげるようにしなさいね」
おしまい