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「錦織(にしごり)」のページ |
2010.05.05 更新
ゴリさんの気まぐれ日記
[ 錦 織 さんのリンク集
]
[ 読 み に く い 名 前 ]
[地 名 に あ る 錦 織 ]
[ 著名人 に み る 錦 織]
[ 我 が 家 の ル ー ツ ]
[参考リンク]珍名に関するHPなど
[植物もにあった「ニシゴリ」]
近ごろ、TVなどには「にしきおり」という人がよく出ていますが、我が家系はあくまでも「ニシゴリ」です。
「なぜ?」と、良く尋ねられますが、先祖伝来ですからよく分かりません。
たとえば、「服部さん」というお家がありますが、まず「フクベさん」とはお呼びしないと思うのですが、なぜ「ハットリなのか?」という質問と答えは同じになります。
「歴史をさかのぼる事遥か昔、聖徳太子の時代に、大陸から技術者集団を呼び寄せたときに来たのだ」という事を社会科の先生に教えてもらった事があります。
確かに日本史の教科書には、「ハトリベ=服部」「ニシコリベ=錦織部」(ここでは「ゴ」ではなくて「コ」でした)「タテベ=建部」などと並んで書いてありました。つまり「仕立て屋」「織り物師」「大工」の技術者の名前だったそうです。
| ※ MS-Bookshelf 国語大辞典(新装版)=小学館・・・・・によりますと・・・・ (MS−OFFICE97に添付されていました) にし・ごり【錦織・錦部】 にしごり (「にしきおり(錦織)の変化「にしこり」とも)
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初対面の方とお話するときに、話題を切り出すのに、よい材料になります。
もっとも、これは相手の方が気づいてくださり、「お珍しいお名前ですね」となってのことで、「なぜ、ニシゴリなのか」を一通りお話する事が出来れば・・・の話です。
時には、「○○社の錦織さんとは御親戚で?」となり、「えっ?! チ、違います」という事になったりもしますが。
印象に残ってくれれば、後々会話が弾みます。
文房具やさんには400円ほどで、三文判を売っているくらいですから「錦織」姓は結構居るようです(読み方は別にして)。
最近流行りの『100円ショップ』に「認印」を見つけた時には、ちょっとガッカリしたというか、ホッとしたと言うか、家まで取りに帰らなくて済みました。
我が家では「ニシキオリさん」でかかってくる身に覚えのない電話を、無条件で切ってしまう事があります。
これはいっぱいありまして、(まず、悪い事が出来ない)並べたらきりがないので、止めます。
まあ、強いて言えば、やはりまともに呼んでいただけない事ですれ違いになる事でしょうか。
子供のころはよく「ゴリラ」というあだ名をつけられましたが、親父に訴えたら「俺もそうだった」という事で納得してしまいました。我が子からも同じことを聞かれましたので、同じことを答えるようにしています(笑)。
●よく間違えられるのが、『 綿織
』 。 どうも一般庶民にとって、『 錦
』という漢字になじみが無いようで・・・。「もう少し『相撲』を見ましょう!」と言いたい。
1.大阪府富田林市
錦織(にしきおり)
清原、桑田で知られた「PL学園」のある街。市内には「錦織(ニシコリ)神社」があります。中心部には錦織(ニシコリ)公園がある。
この一角にある小学校は「錦郡小学校」だったように思うのですが。⇒富田林市立錦郡小学校
大阪府富田林市錦織南1丁目8−1
●錦織神社について
住所:富田林市宮甲田町
祭神:素盞雄命・すさのお、誉田別命、菅原道真。
本殿:南向、平入
千木:外削、(2)
神紋:
場所:近鉄長野線川西駅北500m。車、170号東へ入る案内有り。
由緒,伝承:雄略21の時、百済より召した新漢の錦部、鞍部、書部などを住まわせた桃原はこの地と言う。
また敏達30の時代百済日羅の妻子を安置した場所。
古くより朝廷へ綾織、錦織を献上していた。
●ホームページ のりちゃんず にあった記述 http://www.norichan.jp/jinja/shigoto/nishikiori.htm
●大阪府富田林市錦織神社秋祭についての報告と考察
2. 府営錦織公園
錦織公園
3.滋賀県大津市 錦織 (にしこおり)
★滋賀県には、大津市のほかに、びわ町に錦織(にしこおり)という地名があり、錦織神社があります。ここも、錦織家ゆかりの地です。<大阪府豊中市 錦織 三夫様から情報を頂きました>
http://www.lbm.go.jp/park/qanda/Room-B.html に記載されていたものの引用
問「大津宮があった大津市錦織の読みがなについて」
答「「にしこおり」と角川の地名辞典にはのっていましたが、地元で「にしごおり」と言われる方もおられるようです。また、古くは「にしこり」、「にしごり」ともいわれ、「錦部」とも書いたようです。びわ町にも錦織という地名があり、「にしこおり」と読むようです。一般には、古代における錦織の部民の集落(にしきをおっていたべみんのむら)と考えます。
4.岐阜県 可児郡 八百津町
錦織(にしこおり)
木曽川添いにあって、かつてはいかだ流し の中継の地でした。
5.滋賀県中主町のお寺。錦織寺、真宗木辺派総本山のこの寺は「キンショクジ」でした。
これまた※によりますと・・・
・・山号遍照山。天安二年 円仁が天台別院として創建し、天安堂と称した。 嘉禎元年親鸞により浄土真宗に転宗。にしごりでら。
と、ありました。
6. 宮城県東和町錦織
7.岡山県久米郡中央町錦織(にしこり)
こちらの 錦織神社 は、仁徳天皇時代に絹織物の産地として栄えたことを名に残す、錦織にある神社。祭神は稲倉魂命を中心とするが、社伝では秦氏の祖を祀るとある。
8.郵便番号帳から検索した地名
〒987-0903 宮城県登米郡錦織(ニシキオリ)
〒505-0302 岐阜県加茂郡八百津町錦織(ニシキオリ)
〒520-0027 滋賀県大津市錦織(ニシコオリ)
〒526-0101 滋賀県東浅井郡びわ町錦織(ニシコオリ)
〒584-0063 大阪府富田林市錦織(ニシキオリ)
〒584-0066 大阪府富田林市錦織北
〒584-0067 大阪府富田林市錦織南
〒584-0068 大阪府富田林市錦織中
〒584-0069 大阪府富田林市錦織東
〒709-3701 岡山県久米郡中央町錦織(ニシコリ)
9. 神奈川県小田原市 錦織町(にしこりちょう) 2002.9.16
地名の由来は、この地内に「錦織明神」(新編相模国風土記稿(1841年)によれば、錦織明神は、むかし修験者が火定(かじょう:焼身死)したのをまつったもので、はじめ「西郡明神」と呼ばれていたものを慶安年間(1648〜51年)に小田原城主の命令によって、この名になったとある)があったためといわれています。現在使われている「錦通り」の名は、この「錦織明神」や「錦織町」に由来するものです。
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錦通り商店街―その名前は、通りの奥にある錦織神社からとったもの。言って見れば門前町というわけだ。だが、戦前は市内中央にある国際通り商店街が、城下町としての中心商店街だった。それが、小田原駅の発達につれ、各商店街の比重が変わってきた。何しろ、小田原駅には5系統の電車が入っているからだ。JR東海道・山陽新幹線、東海道本線、小田急線、箱根登山鉄道、伊豆箱根鉄道の5線。 市の人口は約20万人だが、この地方に来る観光客は年間約2300万人に上っている。 http://www.syoutengai.or.jp/genki/kanagawa/310/310.html から | |
| http://www.city.odawara.kanagawa.jp/bunkazai/tyomeihi/chizu3/nisikoricho.html から |
10.旭川市 錦織寺 (旭川市五条通り15丁目)
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まだ他にもあるかも・・・・ご存知でしたら メール
ください。
| HP訪問者からのメール情報 (2003.5.23) | |
|---|---|
| name =M.K. 住 所 =大阪府箕面市 message=錦部のことを調べていました。日本書紀の仁徳天皇の代に居地を賜り、名は錦織を賜ると記されています。今はその地名がありませんが、河内国若江郡錦部郷がありました。現在の大阪府東大阪市若江付近です。当時の豪族物部氏の勢力下にあったようです。その後、物部守屋と蘇我馬子の争いで、一部の錦部の民は大和国高市郡桧隈へ移り、蘇我氏に臣従することになります。また、当時(5・6世紀ごろ)渡来人の一大集住地だった河内国石川郡(のちに錦部郡となる)にも錦部の人々がいました。この地方の人々が大和政権の政策によって近江国滋賀郡錦部郷、つまり現在の滋賀県大津市錦織町一帯に分地させられたようです。律令国家を目指していた時の政権はその財政基盤を強化するためもあり、各地の土地開発をすすめ、産業の奨励をはかったのでしょう。滋賀県の各地へ錦部の郷名が広がっていったのはその証しではないでしょうか。因みに、山城国愛宕郡錦部郷(現在の京都市北区吉田辺り)にも和妙抄には記載されています。その他にも畿内周辺にその名が見られます。なお、蛇足ですが、平安時代に錦部の中から三善姓を名乗る者があらわれてきます。一番名前の知られているのが 三善清行です。また、清和源氏の嫡流の一つともなっているようです。尊卑分脈に源氏山本氏族とあります。その他、藤原京や長岡京、平城京より出土した木簡に錦部や錦織の名前がのっているようです。かなり古い氏族のようですね |
●錦織 圭(にしこり けい、1989年12月29日 )は、島根県松江市出身の男子プロテニス選手(日本テニス協会)。
身長178cm、体重70kg、右利き。IMGボロテリー・アカデミー所属。
2008年2月17日、18歳2ヶ月でATPツアー初優勝を達成し、日本人男子選手として史上2人目の偉業を達成した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
画像出典:YOMIURI ONLINE
●錦織育子 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/11/06
06:43 UTC 版)
錦織育子(にしこおり いくこ、1980年1月5日 -
)は、日本の陸上競技選手。専門は棒高跳び。日本記録・室内日本記録保持者である。2005年アジア選手権・東アジア競技大会日本代表。2006年ドーハアジア競技大会日本代表。三慶サービス所属。早稲田大学競走部アシスタントコーチも務める。
●にしこおり淳 島根県平田市出身 【錦織 淳】弁護士として、チッソ水俣病などの社会的事件や、大型企業関係事件を手がける。さらに政治家として情報公開や在住外国人参政権問題、住専処理対策に取り組む。そして現在、中海干拓問題に続き、諫早有明問題に取り組んでいる。 http://www.nishikoori.com/
●[錦織健(にしきおり けん<芸>) ]某インスタントコーヒーのCMに出たあたりからにわかに有名になったオペラ歌手
残念ながら(?) 血縁、その他のつながりはありません。歌唱力は、すばらしいものを感じています。(本名はニシコオリ)
● [ 錦織 一清 ](にしきおり かずきよ、1965年5月22日)は、ジャニーズ事務所に所属するグループ「少年隊」のリーダー。 愛称は、ファンからは「ニッキ」、メンバー内では「ニシキ」。 小学校5年の時にオーディションを受け、小学校6年の1977年7月に事務所に入所。
東京都世田谷区赤堤生まれ、江戸川区平井育ち。 江戸川区立小松川第二中学校卒業後、東京都立南葛飾高等学校に入学するも、明治大学付属中野高校に転入し、中退。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
● [錦織 良成] にしこおり・よしなり、1962 年 1 月、島根県平田市出身。平田高校時代は演劇に熱中し、部隊演出家を志す。夢を実現すべく20歳で上京し、東放学園放送芸術科に入学。その後、数多くのアイドルビデオ、ミュージッククリップ、オリジナルビデオの演出・監督を手がけながら、しだいに映画への想いを募らせる。
1999 年、婦人自衛官の心の成長を描いた青春ミリタリー映画 管野美穂 主演「守ってあげたい!」を監督、一躍脚光を浴びる。この頃より生まれ故郷の島根を部隊に映画を撮りたいという夢を抱くようになる。
2001 年 「白い船」を脚本・監督。その夢を実現。現在、次回作予定「ミラクルバナナ」に向けて準備中。(http://www.lovere.com/feature/shiroi_hune/から)
●[錦織 篤(にしこり あつし)]2003年4月27日 2003年4月22日から6日間に亘って東京・辰巳国際水泳場で開かれた水泳の日本選手権で『50M背泳ぎ』で日本新記録を塗り替えて優勝(「100M背泳ぎ」でも日本新を15年ぶりに更新<54秒54>)■生年月日,
1978/5/22. ■年齢, 24歳. ■出生地, 山口県. ■所属, ミキハウス茨城. ■身長,
178.5cm. ■体重, 77kg. ■血液型, O型. ■星座, 双子座. ■足のサイズ, 27cm.

古い事は、詳しくは解らないのですが、秋田県 G町
に先祖の墓があります。
G町リンク→ 地酒はこちらで紹介されています。 町のホームページはこっちです
【思いでの鉄道 五城目軌道】へは、ココから行けます。もう一つはココです。まだある、ここからも。
なお、「錦織」姓は中国地方、特に山陰出雲の国に多いという事を人に聞いた事があります。
http://member.nifty.ne.jp/HINO-FAMILY/kodakami.htm の中でのコメント
ニシゴリという桜に似た花をつける木も初めて見ました。

●南部しぼり染めのできるまで
http://www.odette.or.jp/citykankou/ka_c_sy_ji_pa06/ka_c_sy_ji_pa06.html
には、
■ 媒染(ばいせん) 繊維・糸布などの染めるものと染料との間で染色の媒介をするもので、アルミニウム鉄・銅・クロム・錫などの金属塩が使用され、これらが発色、色のもちなどを良くします。東北地方ではニシゴリを使うのが普通です。ニシゴリは山の谷間などに生育する落葉低木で、アルミニウム化合物を多く含みます。初冬、葉が落ちた頃か、早春の芽出し前に採取します。採取した枝は焼いて灰を作ります。
●サワフタギ Symplocos chinensis var. leucocarpa forma pilosa (ハイノキ科 ハイノキ属) サワフタギは名前のように細い山間渓流を上から覆うように生育している。このほか、湿地の周辺や明るい二次林中のやや湿った場所に林床に広く分布する。北海道中部から九州に分布し、朝鮮・中国にも分布する落葉低木で、高さ5mほどになる。葉はつやがなく、縁には細鋸歯がある。花は4〜5月頃に咲き、白色。秋には果実があざやかなルリ色となり、美しい。 よく似た種にタンナサワフタギがあり、サワフタギと混生していて区別に困る。タンナサワフタギは果実が黒熟し、葉の鋸歯がより荒い点で区別する。 サワフタギにはニシゴリという別名がある。錦織木の意味であるという。ハイノキ科の植物は灰を染色に用いる種が多く、ハイノキやクロバイなどのように、「灰」や染色に絡んだ名前が付いている。
《参考リンク》
● 名字見聞録
http://www.myshop.co.jp/japancal/fname/Name.htm
● 珍名鑑 http://www.infosakyu.ne.jp/~catta/JUNK.html